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食の安全とリスクの概念

米国大使館(東京)農務部
スグル・サトウ
レイチェル・ネルソン

 日本の消費者が食の安全に強い関心を持っていることは周知のとおりである。中には、食品に100パーセントの安全性を求める消費者もいる。しかし、どの国でもそうであるように、日本でも食中毒は頻繁に発生している。さらに日本においては、食中毒の一部は消費者が生卵や野生キノコ、フグなどのリスクの高い食品を自ら食べた結果として起きている。これは、たとえ無意識にせよ、日本の消費者も時には食品に関してある程度のリスクを受け入れることにしていることを示している。この論文では、リスクとリスク管理という重要な概念、そして食の安全をめぐる誤解について説明する。

T.リスクとは何か?

 食の安全について論じる際には、リスクの概念を理解しておく必要がある。リスクにはさまざまな定義があり、それが具体的に何を意味するかは適用範囲や状況によって異なる。最も一般的には、リスクとは、所与の状況において発生し得る期待損失または期待損害を、その事象が実際に起こる可能性との関連において示す指標である。したがって、リスクは次の二つの要素から成ると考えられる。
1. 発生し得る望ましくない結果の大きさの程度(重大性)
2. それぞれの結果が発生する可能性(確率)
 厳密な意味で「リスク」に相当する日本語の訳語はない。リスクは日本語では「危険」と訳されることが多いが、これは英語の hazard や danger に相当し、リスクの意味の一部を表しているにすぎない。正確に言えば、リスクという言葉は、発生し得る望ましくない出来事の重大性とその出来事が発生する確率を表している。

 この二つの要素、すなわち発生し得る損害の程度(例:不快感なのか、死なのか)とその望ましくない事象が発生する確率(例:ほぼ毎回なのか、100万回に1回なのか)は別のものである。なぜなら、危険が極めて大きくても、その危険が発生する確率が低ければリスクは小さくなり得る。したがって、リスクについて論じる際は、この二つの要素を念頭に置かなければならない。一例を挙げると、飛行機旅行に関連して発生し得る事故の重大性は高い(墜落すると死に至る場合が多い)が、墜落事故が発生する確率は極めて低い(墜落事故は毎年わずかの件数しか発生していない)。リスクに関する決定を下す場合には、危険度(高い/低い)とその危険が発生する確率の双方を考慮しなければならない。

U.リスク管理と意思決定

 どんな行動や選択にも、たいていは多少のリスクが伴う。リスクに関する決定を下すという行為には、リスク管理のプロセスが必要となる。食品安全規制当局者も含めたリスク管理者は、公衆の安全を守るためにどの方策をとるかを決定する際、リスク評価、リスク分析、リスク管理の理論を用いる。リスク評価とリスク分析では、リスクの程度とそのリスクを軽減するためにとり得る選択肢、そして各選択肢に要するコストを検討する必要がある。リスク管理では、それらの選択肢について考察し、リスクを許容レベルまで軽減するために最も適した一連の予防策を選択しなければならない。リスクの軽減方法は複数ある場合が多いが、通常、その実施にはコストが伴う。そこでリスク管理者は、そのコストを評価した上で、リスクを許容レベルまで軽減するにはどの方策が最善かを決定する必要がある。言い換えれば、リスク管理は、リスクの程度を評価し、リスク評価の結果を踏まえて方策案を比較検討し、必要に応じて、リスクの軽減または排除に要する適切な方策を選択するというプロセスに基づいて行われる。ほとんどの場合、リスクをゼロにすることは不可能である。リスク管理プロセスの最も厄介な点は、たいていの場合、かなりの不確実性が残るということである。もう一つの難題あるいは複雑な点は、全体として同じレベルの安全性を達成できると思われる手段の組み合わせが多数存在するということである。したがって一般の人々は、リスク管理者がしばしば、複数の方策や手段を併用してリスクを許容レベルまで軽減させる「複合的対策手法」をとることを理解しておくべきである。一般に、リスクを軽減する方法は多数あり、同程度の効果をもたらす組み合わせが複数存在するため、リスク管理者は、所与の状況に適した最も妥当な方策の組み合わせを決定する必要がある。また、リスク管理を行うのは規制当局者だけでないことも認識する必要がある。私たちは誰しも、無意識のうちに日常生活の中でリスク管理を行っているのである。

 食品に関係のない簡単な例を挙げると、多くの負傷事故が浴室で発生していることが調査により明らかになっている。電気製品のプラグを抜いておく、床を乾燥させておく、シャワーを浴びる場所にゴムマットを敷いておくなどの方策を講じることによって、浴室でけがをするリスクを軽減できる。こうした方策は、けがをする確率を大幅に低下させると同時に、それに伴うコストや負担は極めて少ない。浴室でけがをするリスクを完全に排除しようと思えば、その唯一の方法は浴室に入らないことであるが、そのような選択をする人はいないだろう。オートバイに乗るか否かの選択も、私たちがリスク管理を行う一例である。オートバイは比較的危険な移動方法と言えよう。私たちは、ヘルメットをかぶり、革製の衣服を着用し、制限速度で走り、反射材を使った衣類を身につけることによって、オートバイに乗っていて負傷するリスクを大幅に軽減できる。また、安全運転講習を受ければリスクをさらに軽減できる。こうした方策はいずれもリスクを軽減させるが、金銭や時間、そのほか快適さなどの点でも代償を伴う。一部の人は、これらの余分なコストは払う価値がないと考え、追加的な予防策を一部または一切講じずにオートバイに乗ることを選択するだろう。あるいは、たとえリスクを軽減するための予防策を講じても、オートバイに乗ることに伴うリスクは大きすぎると考え、全く乗らないという選択をする人もいるだろう。そのほかにもリスクを伴うが、人々が日常的に大なり小なり行っていることの例としては、喫煙やスキーが挙げられる。これらについて意思決定をする際には、誰でも簡単なリスク分析やリスク管理を行っているのである。

V.食の安全に関連するリスク管理

 上記したのと同じことが、食品に関連する決定にも同様に当てはまる。例えば、鶏肉はサルモネラ属菌に汚染されている場合があり、汚染された鶏肉を食べると食中毒となることもある。したがって、鶏肉を食べるという行為には、サルモネラ感染症で具合が悪くなったり死亡したりする一定のリスクが伴う。このため規制当局者は、人々が鶏肉を食べて病気になるリスクを軽減しようとするのなら、そのためにどの方策をとるかを決定しなければならない。鶏肉を食べて病気になる確率を低下させるにはさまざまな方法がある。例えば、鶏の群れに感染が起きないよう養鶏場で予防策を講じる、養鶏場や食肉処理場で鶏の検査を行う、食肉処理中も処理後も肉を冷蔵状態に保つ、化学薬品や照射によって肉を殺菌する、二次汚染を避ける方法や適切な調理法など調理の際の安全な取扱い慣行について人々を啓発する、といった方法が挙げられる。食品安全規制当局者は、養鶏場から食卓の皿の上に至るまでの過程で講じ得るあらゆる手段を検討し、最終的に、公衆衛生を守るための最善の方法を決定しなければならない。大半の専門家が、こうしたリスク管理の選択肢を組み合わせるのがサルモネラ属菌によるリスクの軽減を実現する最善の方法だと認めている。だが、選択肢の最適な組み合わせを見つけるのが難しい。同様の事柄は他にも当てはまる。例えばマグロやイルカなどの高濃度の水銀が含まれる可能性のある水産物の消費についても、どのようにリスクを軽減するか食品安全管理者や消費者は考えなければならない。

 国連食糧農業機関は、リスクの許容レベルに関する決定は主として人間の健康を考慮して行うべきだとしている。しかしリスク管理を行う状況によって、特に、講じるべき方策の決定に当たっては、その他の要因(経済的コスト・便益、技術的実行可能性、社会的選好など)を考慮すべき場合もある。ただし、これらの考慮点は恣意的なものであってはならず、明示されなければならない。

W.リスクコミュニケーション

 食の安全に関するリスク評価やリスク管理は、言うまでもなく、総合的な調査研究を必要とする国家的な重要課題である。消費者は、自分たちが食べている食品の安全性に関してどのような決定が下されたのか、その決定がどのような根拠に基づくのかを知りたがる。そして往々にして、意思決定のプロセスに関与することを求める。したがって、リスクコミュニケーションはリスク管理の極めて重要な要素の一つである。食品安全規制を担う諸機関は、リスク分析やリスク管理に関する決定についての情報公開と消費者教育を行い、人々の意見を十分反映した上で、最終決定が下された理由を説明する必要がある。ほとんどの場合、100パーセント安全な食品を提供することは非現実的であり、不可能とさえ言える。したがって、自分が直面する可能性のあるリスクを人々が理解し、十分な情報に基づいて判断を下せるようにすることが重要である。またメディアは、不安やパニックや誤解をいたずらに広めるような報道を避け、人々が合理的な状況の下で食の安全に関するリスクを理解できるよう、責任をもって一層努力すべきである。

 最近日本では、牛海綿状脳症(BSE)の発生によってリスクの概念がメディアに頻繁に登場しているが、そうした概念の中には理解するのが難しいものや、感情論が混じったものも多く見られる。米国農務省(USDA)の2006年4月の発表によると、米国におけるBSE感染牛の数は、年間に消費される約4200万頭の牛のうち4〜7頭と見られる。人がBSE感染牛を食べて変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)に感染する確率は、英国ではBSE感染牛1頭当たり約0.001人であった。この数字を当てはめると、米国で人がvCJDに感染する確率は1年に0.004人、すなわち250年に1人になる。特定危険部位を除去すれば、vCJDに感染する確率はさらに低くなる。このわずかなリスクをさらに軽減することは可能だろうか。そのための一つの方法は監視である。米国は2004年6月以来、監視プログラムの強化に1億5800万ドル(約187億円)を費やした。また日本政府は、全頭検査に年間約4000万ドル(約47億円)を費やしている。しかし、生後30カ月未満のBSE感染牛はプリオンの蓄積が少ないため、全頭検査でも感染を検出できないことが知られている。したがって、全頭検査を行ってもリスクをゼロにはできない。専門家の中には、BSE全頭検査はリスク軽減とはほとんど関係がなく、むしろ人々の意識と関係していると指摘する者もいる。この種の事柄も、政府の意思決定者がBSEに関連するリスクをどう評価・管理するかを検討する際の考慮点となる。

X.知覚リスクと実際のリスク

 知覚リスクと実際のリスクの間には大きな差があり、食の安全に関連する話題を私たちがメディアで耳にするとき、メディアが扱っているのは実際のリスクではなく知覚リスクであることが多い。私たちはこの点を認識する必要がある。例えば、食の安全に関して最近最もよく引き合いに出されたり話題になったりするのは、残留農薬やバイオテクノロジーの問題だろう。しかし実際には、これらの問題が原因でここ近年に死亡したり病気になったりした人の報告は見あたらない。一方で日本では2005年に1545件の食中毒が発生し、それにより2万7019人が被害を受け、7人が死亡している(1)。サルモネラ属菌は、日本で食中毒の原因となっている主な微生物の一つである。2005年には、144件のサルモネラ食中毒が発生して、3700人が感染し、1人が死亡した。最近では、大阪で児童2人がサルモネラ感染症になり、そのうち1人が死亡した。原因としては生卵が疑われている(2)。特に夏季に適切な管理がされていない生卵を摂取すると、サルモネラ感染症で具合が悪くなったり死亡したりすることが知られているにもかかわらず、日本では生卵がよく食べられる。クロストリジウム属菌も日本で食中毒の原因となっている一般的な微生物で、2005年には27件のクロストリジウム食中毒が発生し、2643人が感染した。クロストリジウム属菌は、肉料理、グレービーソース、キャセロール、シチューなどの調理済み食品に見つかる食中毒菌である。生肉に付着しており、調理する人の手から食品に入ったり、加熱調理でも死滅しなかった芽胞が調理後に常温に置かれて発芽したりして食中毒を引き起こす。クロストリジウム属菌による食中毒は、学校、キャンプ、宴会、ビュッフェ形式の食事など、大量に調理された食品が長時間常温に置かれていた場合によく見られる。

 食中毒は、家庭や外食産業での食品の不適切な取扱いが原因で発生することが多い。2006年7月20日、東京の児童77人が、さまざまな植物に含まれるアルカロイドの一種であるソラニンを原因とする食中毒にかかった。この食中毒事故は、児童が授業の一環として栽培し収穫したジャガイモを、皮や芽をきちんと取り除かずに食べたことから発生した(3)。2005年には、フグを食べて25人が食中毒になり、そのうち2人が死亡している。日本では、フグの調理は厚生労働省が認定した調理師しかできないことになっているが、違法な調理も行われている。また、キノコ狩りは日本を含む多くの国で人気の高いレジャーだが、野生キノコによる食中毒も珍しくない。2005年には、誤って毒キノコを食べ、3人が死亡している。食中毒事故は、死亡するケースも含めて、日本では昔から発生している。1981年から2004年の間に、毎年平均3万4000人以上が食中毒になり、9人が死亡している(1)。日本では、毒キノコや家庭で違法に調理されたフグを食べて死亡する事故がほぼ毎年発生しているが、それにもかかわらず、一部の人々はなおもこうしたリスクの高い食品を食べているのである。

 食の安全について尋ねられると、日本の消費者はよく、農薬や輸入食品が一番心配だと訴える。だが、2005年に農薬が原因で食中毒が発生した事例はなかったし、農薬により汚染された輸入食品や健康に害のある輸入食品に直接関連した食中毒の事例もなかった。では、人々はなぜ農薬や輸入食品をそれほど心配するのだろうか。理由の一つとして、人々は一般に、自分たちが管理できるものよりも、管理できないものに対して多くの不安を感じるという事実が挙げられるだろう。食品を話題にする際に日本中で頻繁に使われている言葉に、「安全」と「安心」という二つの言葉がある。現に、先ごろ「安全」「安心」「食」という三つの言葉を使ってインターネットを検索したところ、370万以上のサイトが見つかった(4)。日本の消費者が一般に輸入品より国産品の方が安全だというイメージを持つ背景には、これらの概念も関係していると考えられる。食品の安全性という点で国産食品と比較した場合の輸入食品の優劣を示す統計データはないにもかかわらず、世論調査によると、消費者の半数以上が輸入農産物より国産農産物の方が安全だと考えている。消費者は、日本政府や食品安全規制当局者が食の安全を確保するために最善を尽くしていることを認識すべきだが、同時に、国産品であろうと輸入品であろうと、100パーセント安全が保証された食品などないことも理解すべきである。

Y.結論

 リスクとリスク管理の概念に関する理解を深めることは、日本の多くの消費者が食の安全について感じている不安を静める上で大いに役立つものと思われる。また、リスク管理の非常に重要な要素は、消費者やその他の関係者との双方向での明確なコミュニケーションである。日本では、食の安全についてはこのコミュニケーションの部分に改善の余地があるように思える。コミュニケーションを改善すれば、この重要な問題について、より情報に基づいた有益な議論が行えるようになるのではないだろうか。

参考文献

  1. 厚生労働省−食中毒・食品監視報告 2006年
    http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/index.html
  2. 朝日新聞オンライン関西版 2006年7月10日
  3. 読売新聞 2006年7月21日 35ページ
  4. 2006年7月22日、www.google.co.jpで「安全」「安心」「食」という言葉を用いて検索



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